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山とかトレランとか

東京都現代美術館

もつれるものたち

Liu Chuangの《Bitcoin Mining and Field Recordings of Ethnic Minorities》がとても良くて、視点の多彩さ、洞察の深さ、映像作りと音楽のセンス、どれをとっても優れた作品だと感じた。電信の反復する動作がもたらす病、iPhoneスマートフォンのデザインの方向性を決めたこと、SNSのユーザはSNSを使用しているのではなくSNSに対して労働を提供していることの告発、そして初期ビットコインの採掘が安い電力を求めて前世紀の水力発電所で行われたこと。トピックの転換が実に鮮やかで、映像から目が離せない。

とはいえ40分もある映像作品だったので、途中で抜けてしまった。抜けた後また戻ってきて続きを見ると、最後の方は惑星ソラリスの引用から主権国家の行き詰まりの話から、ビットコイン主権国家オルタナティブになることへの予感を少数民族への希望(ビットコインが採掘される水力発電所のダムには少数民族のかつての集落が沈んでいる。マイノリティが主権国家の犠牲になるのは歴史の常であった)とつなげて語ろうとしていた。まあ多分そんな感じだったと思う。結局それは、少なくとも今のところ予感でしかなかったと思うが・・・。

オラファー・エリアソン ときに川は橋となる

タイトルの「ときに川は橋となる」とは、「まだ明確になっていないことや目に見えないものが、たしかに見えるようになるという物事の見方の根本的なシフトを意味しています」ということらしい。

サステナビリティが大きなテーマだが、個人的な感覚に基づく作品もあったし、全ての作品が直接サステナビリティに結びつくわけではない。なので、単にサステナブルな社会の実装について考えるのではなく、社会が根本的な転換を迎えるにあたって、個人の感覚、ベースとなる物事の考え方がどのように変わっていくか、その示唆を与える展示だと思うと学びがあるかなと思った。映え〜な感じは強いけど。

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展覧会のタイトルと同じ作品名の「ときに川は橋となる」は、水面の揺らぎを12のスポットライトで黒いスクリーンに映し出す作品。投影されるさざなみは思いがけず多様な変化を見せてくれるので、新鮮な驚きがあった。全体的に見せ方がすごくうまいなーと思った。

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霧に光を当てて虹が見える作品。綺麗。