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山とかトレランとか

皇海山

皇海山は日光のすぐ南、栃木と群馬の県境に位置する山で、成因は火山だが時代が古いためずんぐりした印象の山容をしている。登山口にはかじか荘という日帰り温泉もやっている宿泊施設があるが、最寄りのバス停および鉄道の駅からは歩いて1時間以上かかる。公共交通機関を使う場合のアプローチは栃木側からもしくは群馬側からになり、栃木側からの場合は日光からバスで40分程度で登山口最寄りのバス停まで行くことができる。

皇海山はアクセスが悪く車がないと行けないと思っていたが、調べたところ公共交通機関利用でも一泊二日で行けそうだったので行くことにした。かじか荘から林道と登山道を少し歩くと庚申山荘に着く。庚申山荘で一泊して翌早朝皇海山まで行きは稜線沿いを歩き、まき道で庚申山荘まで戻り、そのままかじか荘まで行ってゴールという行程。

赤羽で栃木線と高崎線を乗り間違える痛恨のミス、気づいたら群馬の知らない駅で、もうこのまま妙義山でも行こうかなという考えも頭をよぎったがやはり折角作った予定を捨てるに忍びなかったので、それと3時間ロスしてもなんとかなりそうだったので、戻って日光まで行き、女峰山と修学旅行生を眺めながらバスを待ち通洞駅に向かった。

庚申山荘はほぼ満員だった。隅っこに寝床を確保し、小屋からは眺めもなかったので早々に寝る。

翌朝まだ暗いうちから出発し、朝焼けを浴びながら最初のピークである庚申山を登る。庚申山は奇岩怪石で有名な山で庚申山荘からの登りも梯子や鎖場が多く、さながら黒戸尾根のミニチュア版の風情があると思った。

庚申山のピークから少し歩くと開けた場所になり展望が得られる。ここで初めて皇海山が見える。

庚申山からの登りは、多少藪がうるさいところもあるが普通の稜線歩きだった。標高が2000mもないくらいなので森林限界は超えないが、それでも視界の開けるところが多く歩いていて楽しい。

ピークにいちいち名前がついている道を歩き続けると、急に切れ落ちた斜面が見えてきて、これが鋸山で、このコースの中で一番難しい核心部だった。

数メートルに及ぶスラブに鎖が垂れ下がっていたり、頼りない梯子が備えてあるだけの巨岩を越えたり、急斜面に日差しがさしているせいで虫がまとわりつくような道を歩いた。後から調べたら、栃木県の山のグレーディングの中でこの皇海山が一番技術的、体力的に難しいコースだった。グレーディングを引き上げているのはこの鋸山だろう。緊張していたせいで写真をほとんど撮れなかった。

鋸山を乗り越え鞍部までくだり、最後300mほど登りきれば皇海山に到着する。展望はない。

鋸山の周辺はひらけており、山深い足尾の山々が見渡せる。赤城山とかも見えていたと思うけど、どれか分からなかった。

また鋸山には行きたくなかったのでまき道から戻ることにした。六林班峠からはひたすら笹藪の中を歩いて、時々沢を越えて、というのを数時間。アップダウンがないので歩きやすく、歩行に集中できる。

かじか荘に到着したのが12時半くらいだった。お風呂に入って、帰りのバスに間に合う時間だったので歩いてバス停まで行くことにした。当初の予定ではタクシーを使わないと間に合わないかなとも思っていたので、ゆっくりすることができて良かった。

足尾は江戸から続く銅山で栄えた町で、昭和にはすでに閉山してしまい、その後も海外から輸入した鉱石の精錬事業が続けられたが、それも平成には入る頃には終わり、かつて銅を運んだ足尾線は国鉄とJRを経て第3セクター管理のわたらせ渓谷鉄道に変わった。

足尾のまち、特に関東ふれあいの道・赤銅のみちを経て間藤駅まで歩いて気づくことは、その廃屋の多さである。道すがら掲示されている案内板と街並みが往時の賑わいと熱狂、そしてその後の衰退を教えてくれる。

新しく貼られた選挙のポスターだけが嫌味に新鮮な色を周囲に振りまいていた。こんなところにまで来る選挙カーはあるのだろうかと思った。